2024-09-02

複視について

 1001 migliaでは、夜間走行時に複視の症状に悩まされました。

人間は通常、右目、左目でわずかに異なる像を受像して、それらを脳で合成して1つの立体的な像を得るわけですが、複視の症状が出ると脳の合成がバグるのか右目の像、左目の像が同時に見えるようになり、結果、信号や標識が2重に見えるようになります。

右目、左目の像が同時に見えているということは片目をつぶれば分かります。片目をつぶると開けている目で見た像だけが見えるようになります。

そういえば、この症状、2019年のPBPのときにも出ていました。そのときは下ろしたてのアイウェアの調整が不十分で、効き目である右目のレンズが汚れやすく見えにくい状況であったために、脳の合成部がバグったものと解釈していました。

ところが、今回の1001 migliaではアイウェアには問題がなさそうなのに症状が出てしまいました。

ライド中にこの症状が出てしまうと神経を使うので疲れます。ところどころ片目をつぶり、進行方向や標識などを慎重に確認しながら進みます。1001 migliaでは頻繁に停車して休憩をしながら何とか走り抜きました。

根本的には疲労状態でナイトライドをするのが悪いのだろうと思いつつも、今後ブルベを続けるために、症状を解消、改善できるならば対処したいということで病院で受診してきました。

まずはかかりつけのかわごえ眼科で受診し、より詳しい検査は大きな病院でということで紹介状を貰って、高津中央病院で受診してきました。

結論としては、既に症状が解消してしまっているため、原因・対策については何とも言えないとのことでした。外斜視の症状があるものの、それが複視の原因とは言えないそうです。多少でも改善法が分かればと思って受診したのですが残念です。

個人的には (医療の素人の考えとしては)、以下が関係あるのではないかと思っています。

  1. 疲労、睡眠不足下でのナイトライド。
  2. 周囲に街灯がなく、前照灯の強い光だけでの走行。
  3. スポーツ用の湾曲の強いアイウェアを着用。

ライト、アイウェアを工夫して、改善できないか実験していこうと考えています。

2024-09-01

【1001 miglia】振り返り

 1001 migliaを走ってみての振り返りをまとめます。

行程表

以下が今回の行程表です。各コントロールの到着時刻(In行)はQRコードの読み取り時刻から、出発時刻(Out行)はGarminのログから取得しました。シークレットコントロール(*CT行)の時刻はあまり正確ではありません。また難易度は主催者が事前に発表していた難易度になります。

制限時間を十分使う想定で登りの多い高難易度区間を14km/h、低難易度区間を17km/hで計画を立てましたが、マシントラブルの発生したStage 11,12、眠さでペースが上がらなかった最終Stageを除いて、概ね計画通りに走ることができました。一方、各コントロールの滞在時間は30分で計画を立てましたが、疲労が溜ってくる終盤では1時間ほどの滞在となりました。まあでも全般に計画通りに走れたと言っていいと思います。

区間距離 累積距離 Up 難易度 予定速度 予定時刻 実際時刻 実際速度 クローズ 貯金
Start 0.00 0.00 0 0 0 8/16 18:00 8/16 18:00 8/16 21:00 3.0 Parabiago Partenza
St.1 In 112.40 112.40 561 2 20 8/16 23:37 8/16 22:59 22.6 8/17 3:00 4.0 Castellania Coppi
Out 8/17 0:07 8/16 23:15
St.2 In 53.50 165.90 499 1 20 8/17 2:47 8/17 1:35 22.9 8/17 6:45 5.2 Casella Ligure
Out 8/17 3:17 8/17 2:00
St.3 In 92.20 258.10 1302 2 17 8/17 8:43 8/17 6:39 19.8 8/17 13:45 7.1 Deiva Marine
Out 8/17 9:13 8/17 8:12
St.4 In 116.50 374.60 2786 4 14 8/17 17:32 8/17 16:23 14.2 8/18 4:00 11.6 Gorfigliano
Out 8/17 18:02 8/17 16:50
St.5 In 116.10 490.70 1252 3 16 8/18 1:17 8/18 0:00 16.2 8/18 14:30 14.5 Pontedera
Out 8/18 5:30 8/18 4:54
CT.6 In 84.00 574.70 14 8/18 11:30 8/18 11:30 12.7 8/18 21:00 9.5 San Giminiano
Out 8/18 11:40 8/18 11:40
St.6 In 40.60 615.30 1938 4 14 8/18 14:34 8/18 13:37 20.8 8/18 23:30 9.9 Castelnuovo Berardenga
Out 8/18 15:04 8/18 14:20
St.7 In 60.20 675.50 922 3 14 8/18 19:22 8/18 18:11 15.6 8/19 4:30 10.3 S. Quirico d'Orcia
Out 8/19 3:00 8/19 3:14
CT.8 In 57.40 732.90 14 8/19 7:06 8/19 7:06 14.8 8/19 10:00 2.9 strada provinciale SP4
Out 8/19 7:16 8/19 7:16
St.8 In 50.10 783.00 1520 3 14 8/19 10:50 8/19 9:37 21.3 8/19 14:00 4.4 Bolsena
Out 8/19 11:20 8/19 9:50
CT.9 In 105.00 888.00 14 8/19 18:50 8/19 17:52 13.1 8/19 23:00 5.1 Passignano Sul Trasimeno
Out 8/19 19:00 8/19 17:55
St.9 In 26.20 914.20 1760 4 14 8/19 20:53 8/19 19:11 20.7 8/20 0:30 5.3 Tavarnelle Sant' Eusebio
Out 8/19 21:23 8/19 19:38
St.10 In 81.30 995.50 825 3 16 8/20 2:27 8/20 1:22 14.2 8/20 7:30 6.1 Matassino
Out 8/20 2:57 8/20 4:22
St.11 In 54.10 1049.60 1185 3 16 8/20 6:20 8/20 8:55 11.9 8/20 13:00 4.1 Dicomano
Out 8/20 6:50 8/20 9:15
St.12 In 48.30 1097.90 1171 3 16 8/20 9:51 8/20 13:32 11.3 8/20 16:30 3.0 Pallazuolo Senio
Out 8/20 10:21 8/20 13:55
St.13 In 55.60 1153.50 207 1 17 8/20 13:38 8/20 17:04 17.7 8/20 21:00 3.9 Lugo
Out 8/20 14:08 8/20 18:55
St.14 In 95.30 1248.80 228 2 15 8/20 20:29 8/21 01:19 14.9 8/21 5:00 3.7 Massa Finalese,
Out 8/21 5:00 8/21 4:59
St.15 In 69.50 1318.30 208 1 17 8/21 9:05 8/21 9:21 16.0 8/21 10:30 1.2 Pieve Coirano
Out 8/21 9:35 8/21 10:14
St.16 In 77.20 1395.50 278 1 17 8/21 14:07 8/21 15:11 15.6 8/21 17:30 2.3 Sorbolo Coenzo
Out 8/21 14:37 8/21 15:33
St.17 In 91.10 1486.60 311 1 17 8/21 19:59 8/21 19:56 20.8 8/22 0:00 4.1 Fombio
Out 8/21 20:29 8/21 21:06
CT.18 In 73.00 1559.60 17 8/22 0:46 8/22 1:12 17.8 8/22 6:00 4.8 Zerbolo
Out 8/22 0:56 8/22 1:16
Goal In 50.70 1610.30 442 1 17 8/22 3:55 8/22 6:19 10.0 8/22 8:00 1.7 Parabiago Arrivo

コース全般について

1600kmで16000m Upというのは難コースであるには違いないです。今回、出走404名、時間内完走282名、完走率70%弱だったそうです。このコースに挑む時点で皆それなりの走力をお持ちでしょうからやっぱり完走は難しかったと言えると思います。

ただ、自分が走った印象としては絶望的にキツいというほどではなかったです。走力勝負で正面突破せずとも、事前の準備とペース配分で十分対応できるんじゃないかという印象です。1001 migliaは平均12km/hで走れれば時間内完走できる計算です。私の場合、序盤を通常ブルベのペースで走ってしまい大変消耗しましたが、途中から12km/hを意識して走るようにしたことで体力を温存して走ることができました。

恐らく、RMに慣れていない人は低速度でウルトラロングを走った経験があまりないと思います。私もまさにそうで「12km/hで十分」と頭では分かっていても、「そうはいっても走れるところでは速く走って、休息の時間を確保しないといけないんじゃないか」などと考え、なかなかペースダウンすることができませんでした(特に序盤)。

そういう戦略的なペース配分も大切ですが、その前段階として「山岳コースでもずっと走り続けられるペース」みたいなものを掴んでおくと、計画立案に有効なのではないかと思いました。

食事、宿泊

今回の1001 migliaは、私にとって2019年のPBPに続いて2回目の海外ブルベでした。そのため、基本的にPBPの経験を元に計画を作りました(つまり、食事も仮眠も基本コントロールで済ます)。が、コントロールの充実度はPBPと1001 migliaでは大きく違っており、この点は誤算でした。まあ、6500名が出走するPBPと、400名が出走する1001 migliaで規模が違うのは当然ですね。

PBPではコントロールごとに食事、軽食、自由に選んで摂ることができましたが、1001 migliaでは食事が用意されているコントロールでも、パスタ、パン、フルーツのセットのみ、軽食のみのコントロールではパンないしフルーツのみの提供で、コントロールの食事のみで走り切るには量、質とも不十分でした。(質は味という意味ではなく、タンパク質などバランスという意味です。)


コントロールでの食事例(正確にはこれはスタート前の食事)

そのため、走行中にバー、レストラン、スーパーなどで補給する必要がありますが、私の場合、初めてで要領をつかめず期待したような補給ができませんでした。「スーパーで調達できたらいいな」と探しながら走っていましたが、イタリアのスーパーって日本と違って買って即食べられるようなものはほとんど売っていないんですね。弁当、惣菜のようなものは全くなく、パンも調理パンは全然なく、具材もないただ大きいパンが食べきれない量で売っているだけ。結局、フルーツかお菓子、あるいはその"ただのパン"しか購入できませんでした。

いくつかバーにも入りましたが、選び方が悪かったのか、アイス、サンドイッチ、コーラくらいしか補給できず。


バーでの補給

大会通して、特にタンパク質が補給できず、体重を3.5kg落としてしまいました。

また、仮眠所についても、PBPでは多数の仮設ベッドが用意されているコントロールがいくつかありましたが、1001 migliaではそういうものはほとんどなく、基本固い床の上、場合によっては(半)屋外での仮眠となりました。私の場合、幸い1箇所ホテルを確保していて、そこでゆっくり休むことができましたが、コースを通じて宿泊計画を立てていればもう少し余裕をもって走れたのではないかと思います。

今回、食事、宿泊については、力技で乗り切った感じで、自分自身正解は持ち合わせていませんが、今後研究が進んでノウハウが蓄積されていけば、もう少し完走率が上がっていくのではないかと思います。

事前のトレーニングについて

私の場合、ずっとTrainerRoadをやってきました。これにより基礎体力がついたのは間違いないと思いますが、使用する出力域が全然違うので、実際どれだけ役に立ったかは分かりません。

実走という意味では、BRM503八戸1000、BRM413ぐるっと伊豆イチ400が役に立ったと思います。

八戸1000は奥入瀬、八幡平をがっつり登った後に、三陸、宮城、福島を登っていくトータル10000mアップのコースで、自分がそれだけのコースを走った際にどんなペースになって、身体にどんなダメージがでるのかを掴むことができました。今回、ほぼ事前の計画通りのペースで走ることができましたが、八戸1000の経験が大きかったと思います。また、八戸1000ではお尻の痛み、日焼けで苦しみましたが、その経験を活かし対策することができました。

伊豆イチ400についても同様で「1001 migliaの海岸線のアップダウンは西伊豆に似ている」と聞いた際に、西伊豆のような連続するアップダウンを攻略するにはどう走ったら良いかをイメージすることができました。

総じて、イタリアは日本と似た地形が多いと思うので、予め日本で似たようなコースを走っておくことで計画立案やトラブルの未然防止に役立つと思います。

装備について

PBPではコントロールで予備チューブを購入できたり、バイクの修理をしてもらえたりしましたが、1001 migliaでは基本的にそういうものは全くありませんでした。また、コンビニのような店舗も全くありませんので、保守パーツは自分で用意する必要があります。

欧州の参加者ならばサポートカーを用意してそこに用意しておくことができますが、日本からの参加者でそこまで出来る人はなかなかいないでしょうから、バイクに搭載して走るか、ドロップバックに入れておくかすることになります。

コントロールでの充電は期待できないと考え(実際どこのコントロールでもコンセントはいつもいっぱいで充電は全くできませんでした)、モバイルバッテリーの容量には注意しました。ドロップバッグに充電済みのバッテリーを入れておき、600kmごとに50000mAhを用意するようにしました。結果的に、これで道中バッテリー残量を気にせず走ることができましたが、ちょっと多すぎました。30000mAhくらいで十分だったと思います。



コントロールでの充電スペース

また、補修用の部材も用意しておくとよいと思います。実際、私のバイクで起きたスポーク折れのようなアクシデントを自分で修理するは難しいと思いますが、応急処置に使えるような工具、部材があると、もしものときに役に立つかもしれません。

補給食としては、日本から

  • ゼリー飲料 x 6個
  • カロリーメイト(ブロック) x 6箱
  • 塩タブレット x 2袋
  • ブラックガム x 1ボトル

を持ち込み、1/3ずつ バイクのバッグ、ドロップバッグ1,2に詰めて臨みました。

ゼリーは摂取しやすくて良かったですが、カロリーメイトはイマイチでした。ゼリー飲料だけだと重量的に重いと思ってカロリーメイトを混ぜてみたんですが、口の中の水分を吸ってしまって非常に食べにくかったです。結局走行中はほとんど食べず、就寝前の栄養補給として摂取しました。

塩タブは悪くはなかったですが、味が強くて喉が乾くので、水が貴重な区間では摂りにくかったです。

ガムは眠け覚ましによかったです。現地で購入できるようなところはほとんどなかったので日本から持っていって正解でした。

ウェアは、ずっと暑かったので、ほとんど気を使わなかったです。半袖ジャージ、ショーツに、日焼け対策としてアームカバー、レッグカバーを着用しましたが、昼夜ともほとんどそれで走れました。ただ、仮眠所がちょっと寒いので仮眠時用の上着などはあるといいかもしれません。あと、時折強い夕立が降るので雨具もあった方がいいと重います。

その他、もう少し準備しておけばよかったこと

イタリア語
会話ができるレベルとは言いませんが、挨拶程度は勉強しておけばよかったと思いました。思った以上に英語が伝わらない人、というかイタリア語しか分からない人が多かったです。ローカルのお店の人は大体そうですし、コントロールのボランティアの方もほとんどイタリア語のみだったように思います。多少でもイタリア語が分かれば、お世話になった方々に直接感謝の気持ちを伝えられたのにと思いました。

あと実用的な意味では数字のイタリア語も知っておけばよかったと思いました。現金でモノを買う際に金額を言われますが、全く分からず、いつもちょっと大きめの紙幣で支払っていました。

イタリアの交通ルール
まあ、常識と慎重さ、謙虚さで何とかなるといえばなるのですが、もう少しイタリアの交通ルールを勉強しておけばよいと思いました。例えば2車線のラウンドアバウトはどう走るべきなのかとか、右左折の正しいやり方とか、標識の正確な意味とか。イタリアの方は自転車に温かいので大抵譲ってくれますが、迷惑をかけていた気がします。

あと、自分は海外で自動車を運転したことがないので、そもそも発想がなかったですが、今回、スタート地点が郊外の少し離れたところにあるということでレンタカーを利用されている方がいました。車を運転できるくらい交通ルールを把握しておけば行動の幅を広げられると思いまいた。

【1001 miglia】Competitive Medical Certificate

1001 migliaでは、事前に「Competitive Medical Certificate」を提出する必要があります。私自身これまでこういうものを提出したことがなく、またドキュメントを読んでもどの程度の"Certification"が必要なのかイマイチ分かりません。

運営から提供されたフォーマットは以下のもので、記載内容についてはごくごく簡単な内容になっていますが、それだけにどのくらいの検査をすればいいのか分かりません。「スポーツ医療を専門的にやっているところに行かないといけないのか?」などと不安に思っていました。


https://1001migliaitalia.it/?mailpoet_router&endpoint=track&action=click&data=WyIxMTM0IiwiYjM4MDgwNmYwMTY5MzIzNDIzNDY0MmQ4MjdhOGEzYmIiLCI1IiwiYmJmZjZkMWQ0MTQxIixmYWxzZV0

そうしたところ、Bluesky で海外の方より「イタリアの大会ではよく提出を求められるけど、主治医に書いてもらって提出して終わりだよ」と教えていただき「そういうものなのか」と、まずは近所の内科医さんに記載をお願いしてみました。

お医者さんも今までこういうものを書いたことがないのでどうしたものかという感じはありましたが、この程度の記載ならば(健康診断するまでもなく)問診すれば書けるでしょうということで作成いただけることになりました。

( SNSを見ると、かかりつけ医からは作成を断わられたケースもあるようです。何をもってCertificateとするかがあいまいなので、お医者さんによっては出来ないと判断されることもあるようです。そういうことも想定して時間に余裕をもって書類準備するのがよいと思います。

私はこれで提出し、特に問題もなく出走することができました。

【1001 miglia】移動について

ここでは自宅からホテルまでの移動についてまとめます。

今回は私にとって2度目の海外飛行機輪行でしたが、予想外にトラブルに遭遇してしまいました。海外ブルベでは本番実走以上に輪行が不安になると思います。私の経験が多少でも役に立てばと思い、ここに記録します。

荷物について

今回、OS-500とリュックで移動しました。簡易的なキャスターも使いましたが使い勝手は正直微妙です。またリュックよりスーツケースが楽かなとも思いましたが、後述の通り、これらの荷物を持って自走する場面もあったので今回は結果的にリュックで良かったと思います。


飛行機について

チケット予約について

今回、ミラノ マルペンサ空港までの移動はフィンエアー(コードシェア便としてチケットはJALで購入)のヘルシンキ経由便を利用しました。

  • 総移動時間が短かいこと。
  • 運賃が比較的安かったこと。
  • One Worldであること。
  • PBP 2019でも利用したがトラブルなく移動できたこと。

が理由でした。が、結果的には今回はトラブルだらけの最悪の体験となりました。

飛行機にかかった総額は以下の通りです。

項目 金額
運賃(プレミアムエコノミー) 444,500円
事前座席指定 17,060円
自転車積載(復路のみ) 110ユーロ(18,288円)
合計 479,848円

今回、プレエコを選んでみました。前回PBPでは一番安いチケットにしたため事前に座席を指定できず、結果的に後ろの方の真ん中の不便な席になってしまいました。出走前後の疲労を考えれば元は取れるだろうとの選択です。

当初は飛行機代はこの44万円だけだと思っていたのですが、出発30日前にフィンエアーからメールが届きました。曰く「片道 8千〜1万円で事前に座席を指定できます」と。「なんだ、座席指定でお金を取るのか!」と思ったものの、価格設定が絶妙で「まあ1万円で13時間のフライトが快適になるなら良いかな」と考え、有料で座席指定をしました。

往路

さてフィンエアーでは受託荷物のサイズは3辺合計203cmまでとなっていますが、OS-500は82cm x 135cm x 21cmで3辺合計238cmとなってしまいます。PBPのときには特に追加料金なく問題なく預かってもらえましたが、当日カウンターに行かないとどうなるか分からないのは不安です。追加料金を払ってでも事前に安心しておきたいところです。

ところがフィンエアーのアプリから事前登録しようとしても「只今承っていません」と出るばかりで手続きできません。仕方がないのでJALの方に連絡したところ「JAL側では荷物があることを登録できるものの受託可否や追加料金の有無はフィンエアーに確認するように」とのこと。結局、事前に明確にすることはできず出発当日にカウンターで交渉することになりました。

で、交渉で手間取る可能性を考慮して、当日はかなり早目に成田空港に行きました。が、現在は成田ではフィンエアー便は1日1便しかないんですね。早くいってもカウンターは開いておらず、出発3時間前までカウンターの前で待つことになりました。

まあでも成田では何も問題なくスムーズに預け入れすることができ「まずは一安心」とヘルシンキ行の飛行機に乗ることができました。プレエコで通路側の席をとることができ、フライトはまあ快適でした。

ところがヘルシンキ空港での乗継で最初のトラブルが起きました。

予約していたフライトは

  • JL6801 午前5:55 ヘルシンキ着
  • AY1751 午前8:00 ヘルシンキ発 - ミラノ行

で2時間の乗継時間がありました。

ヘルシンキ空港は最短35分の乗継時間を謳っているので、多少混雑したとしても、よくある「どこどこ行のお客様〜」というアナウンスを聞き漏らさず、ちゃんと優先列に並ぶようにすれば大丈夫だと思っていました。

ところが午前6時と早朝だったせいでしょうか、パスポートコントロールに1名しかおらず、しかもその人がマイペースすぎるマイペースで列が全く進みません。優先列の乗客もさばき切れず、優先列すらどんどん長くなっていく始末。当然の8時発のフライトに間に合わず。

仕方がないのでフィンエアーのサービスカウンターに行き事情を説明したところ、慣れた調子で、次のフライトのチケットを発行してもらえました。特に追加料金など求められなかったものの次の便は16:10発。思いがけずヘルシンキ空港で10時間過すことになりました。

サービスカウンターの列に、いかにも走り込んだサイクリストという感じの方がいらっしゃったので「ひょっとして1001 migliaに参加されるのですか?」とお聞きしたところ、その通りでやはり1001 migliaに参加される @gear_master さんでした。初めてのトラブル時に同じ境遇の方がいらっしゃって心強かったです。

「荷物だけ先にミラノに着いてしまうのは面倒だな」と心配しましたが、OS-500に入れたAirTagの位置を確認すると、荷物も8時発のフライトには乗らずにヘルシンキ空港に留まっていることが分かりました。「積み忘れたのかな」と別の心配も出ましたが、16時が近付いてくると荷物が動き出したので私と同じフライトに積まれることが分かりました。飛行機旅行でAirTagは必須だなと実感しました。

バッゲージロストの心配が減ってよかったと思ったものの、乗り遅れを勘案して荷物を積むくらいなら、パスポートコントロールの人数を増やせよ、とちょっと腹が立ってきました。

イタリア滞在中に予約トラブル

さて、その後、マルペンサ空港に無事に着き、そこからホテルに到着し、休んでいた際、ふとJALのアプリを開いたところ何か変です。?と良くみたところ、帰りの便の予約がマルペンサ - 成田でなく、ヘルシンキ - 成田になっています。つまり、マルペンサ - ヘルシンキの予約が消えてしまっています。

ヘルシンキでフライトを変更した際に誤ってキャンセルされたのだろうとすぐ推測でき、航空会社に伝えればすぐ再発行してもらえるだろうと思ったものの、早くしないと席が埋まってしまい元の便が取れなくなる可能性があります。

「これは電話で直接話さないとダメだろう」とフィンエアーに電話したのですが、悲しいかな、私の英語力ではこの複雑な事態を伝えられず「何を言っているのか理解できない」と一方的に電話を切られてしまいました。

仕方がないのでチャットで問い合わせたところ「確かに予約が消えていることは確認できたが、JALで予約されたチケットなのでJALに問い合わせてくれ」と冷たい対応。「フィンエアーのミスでこんな事態になっているのだろう!」と腹は立ちましたが、ここに時間を使っても仕方がないのでJALに連絡することにしました。

ところが、JALの電話受付時間は日本時間の9-17時。日本時間の朝9時を待って深夜2時すぎに電話しましたが、呼び出し音すら鳴らず全くかからない状態。

仕方がないので一旦寝て朝食後(日本時間15時すぎ)に改めて掛け直しました。

すると今度は掛からないものの呼び出し音は鳴るようになりました。「ここで粘らないと」と思い、そこから1時間以上掛け続け、ようやくJALのサポートに繋がりました。

一旦繋がった後は話は早く「ヘルシンキでの再発行時に誤って削除されたのだと思います」と伝えたところ「なるほど」と。フィンエアーに確認する必要があるのですぐには再発行できませんが、当該フライトにまだ空席があるので多分大丈夫でしょう、ということで以降はJALに手続きしてもらい、無事に予約を復活させることができました。

復路

で、無事に1001 migliaを完走して帰りの便。

やはり自転車の預け入れに手間取る可能性があるので早めに空港に行きました。ヨーロッパならさすがにフィンエアーの便は多いだろうからカウンターも早くから開いているだろうと思ったものの、マルペンサでは少ないようでフライトの2時間前にようやくオープンしました。

チェックインカウンターで自転車を預けようとしたところ、自転車を預けるのに追加料金110ユーロが必要とのこと。「往路では払わずに預けられた」といっても取り付く島もなく、とにかく追加料金が必要だと。

これが完全に窓口の担当者次第で、他の窓口では @gear_master さん始め何の問題もなく自転車を預けられているのに、私の窓口だけ自転車勢が全員止められています。

「運が悪かった」ということで支払おうとすると「ここでは決済できないから、メールで決済の案内が届くのでそれで支払え」と。ところがそのメールが全然届かず。また飛行機に乗り遅れるのではないかとヒヤヒヤしましたが、クローズの15分ほど前にようやく届いて支払うことができ、何とか飛行機に乗ることができました。

で、その担当者、最後に捨てゼリフのように「110ユーロはヘルシンキまでの料金だ。そこから先は分からないのでチケットもヘルシンキまでしか発券しない。ヘルシンキ空港で問い合わせるように」

何だと! ヘルシンキまでで110ユーロというのも高いけど、ヘルシンキでそんなことしていたら、また乗り遅れるかもしれないじゃないか! この担当者には本当に腹が立ちました。結果的にヘルシンキでは自転車料金について何も言われることなく即発券してもらえましたが。

最後にフィンエアーについて

フィンエアーですが、サービスが有料化されたり、随所にコストカットの後が伺えます。地上スタッフも減っているような感じです。

フィンエアーというとヘルシンキ空港での乗り継ぎ時間の短かさが魅力だったのですが、コストカットのせいか、今回、不安材料でありデメリットであると強く感じました。

海外での飛行機輪行は何かと不安が多いものですが、そのような中で、より不安が増えるフィンエアーを選択したのは大失敗だったと思います。

自分はもう2度とフィンエアーとヘルシンキ空港は使わないと思います。

ホテルまでの移動

今回、前後泊のホテルはレニャーノ(Legnano)に確保しました。スタート地点のパラビアーゴ(Parabiago)から(空港からみて)2つ手前の駅です。

本当は大会推奨のホテルに泊まりたかったのですが、私が予約しようとしたときには前泊分がいっぱいで確保できなかったため、慌てて周辺のホテルを探しレニャーノに確保しました。(推奨ホテルはその後前泊分の空きがでたのですが、面倒だったので予約はそのままにしました。)

マルペンサ空港からレニャーノまでは電車で移動することにしました。

私は海外で公共交通機関に乗るのが好きでよく乗るのですが、イタリアの電車は結構難易度が高かったです。

まず切符を買う際に時刻とルート(何時発、どこ行きでどこで乗り換え)を指定して買うのですが、事前にGoogle Mapで調べていたルートで買うことができず、いきなり計画が狂いました。この購入時に指定した内容は券面に印字されず、どの電車に乗ればいいのか分からなくなりました。(何となく指定した電車じゃないものに乗ってもよさそうな雰囲気でしたがよく分かりません。)

また、乗車前には切符をアクティベーション(入鋏)しなければいけないのですが、日本のように改札機で入鋏するのではなく、改札の近くに立っている機械でアクティベーションするので事前知識がないとアクティベーションせずに乗ってしまうと思います。(正しく切符を購入してもアクティベーションせずに乗車すると高額な罰金を払わせられるそうです。)

マルペンサ空港からレニャーノには途中乗り換える必要があるのですが、どこで何時発の電車に乗り換えればいいか分からなくなってしまい、結局、途中下車して自転車を組み立てて自走してホテルに行きました。OS-500を抱えて走るのは難儀でしたが電車に乗るより気が楽でした。

後から分かったことですが、レニャーノ駅からホテルまでは徒歩で30分くらいあり、OS-500を担いで歩くのは大変だったので自走に切り換えて移動して正解だったと思います。

帰りのホテルから空港までの移動は疲労もあったのでタクシーを使ってしまいました。70ユーロしましたが、電車で移動する苦労を考えると良かったかなと思います。

また、参加者の中には空港でレンタカーを借りて移動している方もいました。私は海外で運転したことがなかったので全く検討しませんでしたが、そういうのも便利でよさそうです。

ホテルについて

前述した通り、ホテルはレニャーノに取りました。

Palace Hotel Legnanoというところでしたが、ホテル自体は静かで、スタッフも親切でよかったです。特に後泊のチェックインでは、通常15時からのところ、6時すぎにゴールしたあと、8時ごろにearly check-inさせてくれて非常に助かりました。



ただ、近くにスーパーはあったものの、駅やレストランは結構遠かったので利便性は正直イマイチでした。

自宅から最寄り駅までの移動について

2019年のPBPの際は妻に車で武蔵溝ノ口駅まで送ってもらっていました。

当時乗っていたフィットをアルトに乗り換えてしまっていて、アルトでは自転車の積載は難しいかなと心配していましたが、やってみたら簡単にOS-500を積載することができました。そこで今回は武蔵小杉駅の横須賀口までアルトで送ってもらいました。

武蔵小杉まで車でいけると、そこからは乗り換えなしでNEXで成田まで行けるので有り難かったです。

【1001 miglia】Day 6

長かったブルベも残り360kmほどになりました。(いや、まだ長いんですが)。

このまま走り続けるとゴールは翌早朝くらいになると思いましたが、脚は動いていたし残りは平坦区間だしということで、最後は仮眠を取らずに走りきる計画としました。これまでの1000kmブルベではいつも最後は徹夜で走っていたというのもその理由です。が、これが結果的には大きな判断ミスとなりました。

平坦で大したことはないと思っていたこのコース、蓋をあけてみると暑さと路面の悪さでかなり過酷なコースであったことも誤算でした。

最後の最後で長い修行区間となりました。

Stage 15 : 〜 Pieve Coirano (69.5km, 8/21 4:59 〜 8/21 9:21)

コントロールを朝4:59に出発しました。本当はもう少し寝るつもりだったのですが、ふと目を覚ますと周りの人がだいぶいなくなっていたので予定を早めての出発でした。

しばらく川沿いのサイクリングロードのようなところを走りましたが、これまでとはまた違った美しい景色の連続でとても楽しめました。特に朝焼けは見事で、「自分のランドヌール人生の中でもピークの経験だろうな」とか「海外の地をこんな風に自転車でじっくり走って景色を堪能するというのはランドヌールだけができる贅沢だな」なんてことを考えながら走っていました。


コースはポー川に合流してポー川沿いを走るようになります。ポー川のゆったりした流れもきれいでした。



途中、持参したカロリーメイトやコントロールで貰ったお菓子を食べながらゆっくり走りました。

Stage 16 : 〜 Sorbolo Coenzo (77.2km, 8/21 10:14 〜 8/21 15:11)

Stage 16はひたすらポー川沿いを走りました。朝のうちは楽しかった川沿いのコースですが、日が高くなってくると段々キツくなってきました。

  • 日陰がなくて暑い!
  • 路面が悪い!
  • 延々同じような景色で進んでいる感じがしない!

この区間では多くの人に抜かされました。しかも抜かされた後全然ついていけず距離がどんどん開いていってしまいました。

まさに忍耐の走りで15時すぎにようやくコントロールにつきました。

コントロールはクローズまでまだ2時間ちょいあるはずですが、パスタなどが結構品切れになっていました。朝、皆先に出発していたことや、このステージでペースが上がらず結構抜かれたこともあってだいぶ遅れてしまっているのではないかとちょっと焦り始めました。

Stage 17 : 〜 Fombio (91.1km, 8/21 15:33 〜 8/21 19:56)

Stage 17も暑くてキツい時間帯が続きました。(イタリアは標準時の関係で15〜17時ごろが暑さのピークになるようです)。

コースの方は川沿いから離れて少し変化はでてきました。町から町を走って、各町のシンボル(教会など)を巡るコースになっていて、きっと有名なシンボルだったのだと思うのですが、自分には知識がなかったため、走っているうちに「いつまで続くんだろう」「いつになったら終わるんだろう」という感じになってしまいました。





そんなわけでなかなかペースが上がらなかったのですが、終盤、ドイツだかの方に抜かれた際に頑張って着いていこうとしたところ、快く引いていただけました。

その頃には腰痛がかなり酷くなっていたのですが、その方が背筋を伸ばしたり姿勢を変えて走るのを見習いながら、お蔭さまでコントロールまでいいペースで走ることができました。

ところで、日本人はあまりやらないですが、外国の方は走りながら色々なことをしますね。背中のポケットからペットボトルを取り出して飲んだり、上着を着たり脱いだり。また、グループで走っているときには物を渡したり受け取ったり。

日本のランドヌールは1人で走るという感じでバイクには沢山の荷物を積載している人が多い印象ですが、外国の方はもっとグループで走る感じの人が多いように思います。

また走り方も日本人はマイペースで走り続ける人が多いですが、外国の方はハイペースで走ってがっつり休む人が多いようにも感じました。

自転車文化とか、サイクリスト人口の違いからかな、などと考えながら走っていました。

コントロールには20時ごろ着きましたが、1日中暑い中を走っていたため脱水状態で、コントロールで水を2リットルくらい飲んでようやく潤ってきた感じがしました。

Stage 18 : 〜 Parabiago (123.7km, 8/21 21:06 〜 8/22 6:19)

長かった1001 migliaもいよいよ最終ステージ、ラスト123kmを残すのみとなりました。

Fombioで仮眠を取っている人も多かったですが、前述の通り私はそのまま進むことにしました。

ゴールの制限時刻は午前8時なのであと11時間、11km/h以上で走る必要があります。決して難しい速度ではないですが、これまでの身体の痛みと疲労とで休み休みの走りとなり全くペースが上がっていなかったので、意識してスピードコントロールしないとタイムアウトの危険のある時間と考えました。

そこでここからはEdge 530の画面を常時オンにして常に速度を表示し、巡航速度20km/hを維持して走ることを心掛けるようにしました。

最初のうちは順調だったのですが。。

(ここからは怒られてしまう内容ですが)

まず、この日も複視の症状に悩まされ、走行に非常に神経を使うようになり、休み休みでないと走れないようになってきました。

さらに、周囲に街灯がまったくなく自転車のライトの照らす範囲しか見えないためか、逆に走りに集中できなくなり、思考が空想的というか色々なことを考えるようになってきました。

最初は自覚がなかったのですが、途中で「あ、これは夢を見ているんだ」と気づきました。よく、眠いときに一瞬寝てしまって意識が落ちるということがありますが、このときは意識はありつつ、同時に夢も見るという感じでした。意識はありつつ徐々に意識レベルが下がるという感じだったので自覚するまで夢を見ていることに気づきませんでした。

夢を見ているならば、これは危険だということで、そこからは適宜短かい仮眠をとりながら進むようにしました。

が、真っ暗い中、似たようなコースを延々走っていたために、正直記憶があまりありません。

明確に覚えているのは

  • 途中のシークレットで先行していた方(先のステージで引いていただいた方)に場所を教えてもらってサインを貰いにいったシーン
  • 途中ダートのような狭い道で、図らずも高速トレインに巻き込まれてしまって、自分もしばらくそのトレインに乗って走ったシーン。
  • 途中、町の中でコースが分からなくなり右往左往したシーン

くらいです。

9時間かけてやっとこさゴールについたときも朦朧としていて、多分、日本人参加者に「おめでとう」と声をかけていただいたのですが、まともに返事ができませんでした。ごめんなさい。

その後、ゴール受付をしメダルを掛けていただきましたが、やっぱり疲労困憊、満身創痍、茫然自失、意識朦朧という感じで、その瞬間は感動のようなものはまだ全く感じられませんでしたが、ゴール後の食事をいただき、他の日本人完走者の方とお話しするうちに、ようやく徐々に達成感、安堵感、嬉しさ、感動を感じられるようになっていきました。



。。。以上が私の1001 migliaでした。

イタリアの様々な美しい景色の連続で、本当に最高のブルベであったのですが、最後の最後、大団円となるはずが朦朧としたまま終えてしまったのは自分の未熟さ故と思います。もし最後のコントロールで1時間でも仮眠を取っていたら、この最終ステージは全然違うものになっていたでしょう。折角の最終ステージでこの点は大きな心残りとなってしまいました。

【1001 miglia】Day 5

5日目はStage 11〜14の253kmです。ここまでずっと続いてきた1000kmに及ぶ山岳区間もこれで終わりです。ここに来て1000m級2つというと堪えるものがありますが「1日かけて箱根2回」と考えれば出来ないことはないだろう、と自己暗示をかけて走りはじめました。

Stage 11 : 〜 Dicomano (54.1km, 8/20 4:22 〜 8/20 8:55)

Matassinoで3時間ほど仮眠を取り4:22に出発しました。最初は暗かったですが明るくなるにつれ目下に町を見下ろしながら走ることができました。また、ヨーロッパは高所に町を作るので、登り進んだところに町が現れたりして面白かったです。

18kmで1000mを登る感じなので、そんなにキツい斜度ではなくゆっくり力をセーブして登りました。



1つ目の峠をクリアして長いダウンヒルというところで。。。

パキン!!!

何かが割れるような音がしました。

なんだと思ってバイクを確認しましたがすぐには分からず、、しばらくチェックしていたら、何とフロントホイールのスポークが1本折れていました!

応急処置として折れたスポークがフレームに干渉しないように折り曲げてホイールを回してみたところ左右にブレてしまいます。

ここで終わったと思いました。平地なら騙し騙し走れないことはなさそうですが、1000m級のダウンヒルを安全に下りるのは難しそうです。

せっかくイタリアまで来てこんなところでDNFかと何とも言えない脱力感を感じ、スポークと一緒に心も折れてしまいました。

幸い次のコントロールまで10kmほどだったので、とりあえずそこまで行って食事を摂ってスタッフさんにDNFを伝えることにしました。

コントロールでゆっくり食事を摂りながらスマホでスポーク折れについて調べては「やっぱりスポークが折れても大丈夫とは言えないな」とか、帰路のルートを調べては「ここからミラノまで5時間弱もかかるのか」など考えていていました。すると、そこにちょうど日本からの参加者がいらっしゃったので

「マシントラブルでDNFになってしまいました。」

と伝えたところ、

「スタッフの中にメカニックがいると思うのでスタッフに相談した方がいいですよ。自分もディレイラーの不調を直してもらいました」と教えていただきました。

( PBPではメカニックさんがブースを構えて大々的に修理対応してくれていましたが、1001 migliaではそのようなものは全く見なかったのでコントロールで直してもら発想がありませんでした。)

さっそくスタッフさんに相談したところ、折れたスポークを取り外してもらえましたが、

「ここのコントロールにはメカニックはいない。次のコントロールに行ってみるか、途中の町で自転車店を探すしかない」

とのことでした。そうしたところ、今度はSNSで繋がっているオーストリアの方から

「イタリアの町には大抵自転車屋があるし、イタリア人は親切だからきっと助けてくれるはず」

とアドバイスが届きました。

自分はすっかりDNF気分になってしまっているのに、周りの人たちが何とか続けられるようにアドバイスをくれていることで、自分も考えを改めるようになりました。

「折角ここまで来たんだから、行けるところまで行ってみよう。」

Google Mapによるとここから20km以上離れたフィレンツェまで行かないと自転車店はなさそうでしたが、Appleのマップによるとルート上、2つ先の町(Borgo San Lorenzo)には自転車店がありそうです。ひとまずそこまで行ってみることにしました。

Stage 12 : 〜 Pallazuolo Senio (48.3km, 8/20 9:15 〜 8/20 13:32)

という訳で自転車店を目指して再スタートしました。トラブルを乗り越えてこそのブルベだ、と楽しくすらなってきました。

気持ちを切り替えてスイッチが入ったせいか、それまで苦しんでいた腰、お尻の痛みが嘘のようになくなりました。足に力が入るようになったんだと思います。

そうこうして、Borgo San Lorenzoに着き、自転車店に向かったのですが、Appleのマップの情報は正確でなく、少し離れたところに店舗があり、さらに自転車店ではなく、オートバイ店でした。結局、ここでは修理できず、確実に 自転車店を見つけるにはやはりフィレンツェまで行かないといけなそうと思ったのですが、ここは次のコントロールにメカニックさんがいることを期待して、そのまま先に進むことにしました。

ホイールのブレですが、そういえば以前伊那600で交通事故に合った際に同様のブレが出たことがありました。そのときは夕方だったためホイールのブレにはすぐに気付かずそのまましばらく走ってしまいました。

なので、今回も気付かなかったことにすれば大丈夫と(半分冗談で)考えたりしながら、もちろんダウンヒルでは慎重に走って先に進みました。

この最後の峠も目下に町を見下ろすような見事な景色を楽しむことができ、これだけでもDNFせずに続けてよかったと思いました。

そうこうするうちにコントロールに到着しましたが、ここは山の上だけあって、1001 migliaのコントロールの中でも何もないコントロールで当然ながらメカニックさんはいませんでした。それでもスタッフの皆さんが心配してくれて、タイヤに空気を入れてくれて、「次のControlのLugoは大きい町なので 自転車店があると思う」と教えてくれました。

Stage 13 : 〜 Lugo (55.6km, 8/20 13:55 〜 8/20 17:04)

というわけでLugoを目指して出発しました。ダウンヒルではスピードを出しすぎないように注意し、平坦区間ではホイールのブレに気づかなかったことにして。。

この区間はがっつり夕立に降られました。日本の夕立(ゲリラ豪雨と呼ぶ前の昔の夕立)は1回降ってやんだらおしまいですが、この地方の夕立は1度止んで晴れたと思ったらまた激しく降るというのが何度もありました。お蔭で、終わったと思って雨具を脱いで靴下を絞って走ってたらまた濡れ鼠になるということがありました。

とはいえ長いダウンヒル区間なので楽に走れて17時すぎにLugoのコントロールに着きました。

さっそくスタッフさんに自転車の修理について相談すると、私のことを覚えていてくれて(同じスタッフさんが選手のペースに合わせてコントロールを回っているので)、近くの自転車店に事情を説明して作業の予約をしてくれました。「店は19時までやっているが、作業時間が分からないのですぐ自転車店に行って、それから戻ってきて食事をした方がいい」と言われ自転車店に行き、さらにスタッフさんも自転車店まで来てくれて店員さんに事情を説明して優先的に修理してもらうことできました。

SOMECさんで修理していただきました

修理で1時間ほどロスしましたが、ようやく後顧の憂いがない状態でリスタートすることができました。まだ2時間貯金があるので十分完走は狙える範囲です。

Stage 14 : 〜 Massa Finalese (95.3km, 8/20 18:55 〜 8/21 1:19)

というわけで通常モードでリスタートです。

Lugoがかなり大きな町だったので「ここからは都市型ブルベになるのかな」と思ったらすぐに果樹園や田園風景に切り替わりました。イメージとしては北関東の高崎〜伊勢崎〜館林あたりを走っている感じです。でも葡萄畑などイタリアならではの景色は見られました。


ただ路面は想像以上に悪く、日が落ちるにつれ、段々修行のような走りになってきました。

街灯が少ない中、対向車のハイビームで視界を遮られつつ、ライトを頼りに路面だけを見て走り続ける感じです。何にも楽しくありません。また、畑や草むら沿いを走るため、ちょっと止まるとすぐ蚊やブヨに刺され気持ちよく休憩がとれません。

夜が更けて眠くなってくるとますますつらくなってきました。複視の症状も出てきて運転に神経を使わなければならなくなってきました。路肩で仮眠をとっているグループも多く見られましたが、私は虫が嫌だったので、そのまま進みました。

眠すぎてペースがぐっと落ちてしまって、午前1時すぎにようやくControlに到着しました。

コントロールでは食事を摂った後、体育館のようなところで雑魚寝しました。やはり固い床の上でしたが、すごく眠かったので有り難かったです。

【1001 miglia】Day 4

4日目はStage 8〜10の320kmを走りました。トータル4000m登る難コースではありましたが、美しい景色の連続で最も楽しい区間でもありました。

Stage 8 : 〜 Bolsena (107.5km, 8/19 3:14 〜 8/19 9:37)

Stage 8は約700mの登りから始まりました。3時スタートのため最初は暗い中を淡々と登っていましたが、明るくなってくると目下に雲海を見下ろしながら登ることができました。標高は高くないのですが気温と湿度の関係でこのような景色となるのでしょうか。


最初の峠を越えると、山間の渓谷のようなところを走ります。さらに走り進むと高所に古い町が見えてきます。いかにもヨーロッパらしい美しい景色にワクワクします。これが見えてくると、この後、この町まで登って越えることになるのですが景色が美しく苦になりません。ちょうど朝日があたる時間帯だったので町並みが一層美しく見えました。




その後、600m級の峠を1つ越えるとボルセナ湖に出ました。それまでの山間の町並みとは全く異なる風景に変わり、これもまた美しかったです。



チェックポイントではサンドイッチが提供されましたが、タラか何か魚のフレークのサンドイッチでした。これまでシーフード系は初めてだったので、「湖畔の町に来たんだな」と思いました。

Stage 9 : 〜 Passignano Sul Trasimeno (131.2km, 8/19 9:50 〜 8/19 19:11)

Stage 9はボルセナ湖からトラジメノ湖までの131kmのコースになります。

途中、600m級、800m級の峠を越えていきますが、ゆっくり登るペースができていたので、それほど苦にはなりませんでした。



山頂付近には電波塔がたくさんあって興味深かったです。また有名なキャンプ地なのでしょうか。夏休みをアウトドアで過ごす方々が多かったです。


この区間は登りよりもむしろその後の平坦区間の暑さと空腹の方がキツかったです。お昼の時間帯では補給ができず、15時すぎにようやくBarを見つけてアイスとサンドイッチ、コーラを補給することができました。


そう言えばイタリアは標準時の関係で暑さのピークが15〜17時ごろにあるので要注意です。その分朝が遅いので知識として知っていればそれだけの話なのですが、灼熱の中を走っているときには日本にいるときよりも暑さが続く気がして心が折れがちです。心の準備をしておくといいです。

小さな丘をいくつか越えるとトラジメノ湖が見えてきます。やっとここまで来た思うと感慨深かったです。


ところで、このステージの終盤には3つ目のシークレットコントロールがあるはずなのですが、私はこのシークレットは見つけることはできませんでした。

公式からの資料に大体の場所が書いてあるのですが、このシークレットについては異なる2つの情報が載っていてどちらが正しいか分かりませんでした。「通りすぎたかも」と思ったときに少し戻って探してみたりはしたのですが見つけられませんでした。「ここからもっと戻るべきか、あるいはこの先にあることを期待して進むべきか」と考えてみましたが、これでは「停止条件のない探索問題」です。これ以上時間をロスするわけにもいかないので、戻らず進むことにしましたが、結果的にこのシークレットは見つけられませんでした。

(ゴール後、チェックを受ける際に「シークレット3のサインを貰えなかった」と伝えたところ、何を気にしているんだと言わんばかりに「No Problem」と言われて何事もなくメダルと認定証をいただきました。この辺結構アバウトです。)

Stage 10 : 〜 Matassino (81.3km, 8/19 19:38 〜 8/20 1:22)

この日の最後のステージは峠を2つほど越える81kmのコースです。

が、暗くなり周りの景色が見えなくなってしまったためあまり記憶がありません。淡々と走ったことと思います。

私にとってブルベの楽しみは美しい景色を堪能することなのですが、その意味では夜ライドはあまり楽しくありません。今回の1001 migliaは今回のように走って、結果昼間に見た景色には大変感動したですが、夜走るようにスケジューリングしたために見られなかった景色もあったのかもしれない、というようなことを考えながら走っていました。

コントロールでは食事のあと仮眠を3時間ほどとりました。固い床の上、周囲のいびきがうるさい中での仮眠でしたが屋内というだけで有り難かったです。

【1001 miglia】Day 3

3日目は8/18 4:50ごろリスタートしました。

約680km地点にホテルを予約していたので、この日は200km弱走ればよい計画です。順当にいけば19時前にはホテルに着けるはずで精神的に余裕を持って走ることができました。どこにホテルを取るべきか最後まで手探りでしたが、結果的によい選択だったと思いました。

Stage 6 : 〜 Castelnuovo Berardenga (124.6km, 8/18 4:54 〜 8/18 13:37)

Stage 6は難易度星4つ、Stage 4に続く難コースになります。プロファイルの通りにアップダウンが続くコースではありますが、ただ、それまでの山道、峠道ではなく、ヨーロッパらしい丘陵地帯を走るコースになります。

そのため、腰、お尻の痛みはだんだんひどくなってはきたものの、全体的には景色を楽しみながら走ることができました。

特に、日の出の頃に走ったこのダート区間は本当に美しかったです。広大な自然の中、1人自転車を走らせるのは至福でした。




Stage 7 : 〜 S. Quirico d'Orcia (60.2km, 8/18 14:20 〜 8/18 18:11)

Stage 7もStage 6と同様、丘陵地帯を走るコースになります。一応、難易度は星3とのことでしたが、印象としてはStage 6と大差はありませんでした。距離の違いが星の違いなのかと解釈しました。

なのでStage 7も引き続き、ヨーロッパらしい景色を楽しみながら走ることができました。


この細長い木は糸杉というのですかね。イタリア人はアバウトなイメージですが、この糸杉だけは等間隔にきれいに植えられているのが印象的でした。日本人は枝を曲げたりして、敢えて不規則的に植えるものですが、対照的な国民性を感じたりしました。

チェックポイントでは最初のドロップバッグ(600km地点)を受領しました。サドルカバーと補給食(ゼリー飲料、カロリーメイト、塩タブレット)を取り出し、携帯していたモバイルバッテリーを充電済のものと交換しました。

今回、モバイルバッテリーの容量が不安材料の1つで、ここまで20000mAhを2つ、10000mAhを1つ持参して走っていたのですが、これまでの感じから20000mAh 2つは不要ということが分かったので1つはここに置いていくことにしました。

ただ、1つここでポカミスをしてしまいました。どうせこの後すぐホテルに着いて充電できるから、どっちを置いていってもいいやと考えて、使いかけの方を残して、未使用の方を置いていってしまいました。ところが、数時間のホテル滞在時間の間に満充電にすることができず、次の区間を不安を抱えたまま走ることになってしまいました。どっちでもいいならば満充電したものを持っていけばいいのにあまりにも浅はかでした。

さて、この日はStage 7のチェックポイントから10kmほど進んだGallinaのホテルに宿泊しました。ホテルと言うから受付があって、チェックインをして、というものを想像していたのですが、実際行ってみたら民泊のような施設で困惑しました。付近を探しても受付らしいものは見つからず、電話をかけてみたものの英語は全く通じず。しばらく探しているうちに、どうも隣の家がオーナーっぽいということに気付き、呼び鈴を鳴らして人を呼び、何とか宿泊することができました。

かなり時間をロスしてしまいましたが、でもシャワーを浴びて身体の汚れを落とし、ベッドで眠ることができたのはよかったです。この日は190kmほどしか走らなかったこともあり、かなりリフレッシュできました。






【1001 miglia】Day 1, 2

それではスタートです。

初日は18時スタートということで、その日はオール・ ナイトで走り、さらに17日もそのまま走り切り、Stage 5のチェックポイント Pontederaで仮眠をとるという計画で臨みました。一気に500km弱走ることになりますがPBPでもそんな風に走ったので大丈夫だろうと考えました。

そうするとこの日の難所はStage 4を中心とした海岸線のアップダウンになります。事前に聞いていた「西伊豆」を想像しながら走りました。

Stage 1 : 〜 Castellania (112.4km, 8/16 18:00 〜 22:59)

登録したスタート時間は18時でしたが実際には17時55分くらいにスタートしたと思います。10分ごとのwave startでしたが、参加者はそれほど多くなく、前倒しで進行していました。

スタート後も集団ができることはなく、割と序盤からソロライドに近い感覚で走りました。しばらくトウモロコシ畑など田園風景の中を走ります。正直、それほど「ヨーロッパ」という感じでなく、特別きれいでもなかったので普段の要領で淡々と走りました。

途中、サイコンを確認したらグロス28km/hに達していました。それほどオーバーペースで走っているつもりではありませんでしたが、交差点がラウンドアバウトになっており、信号による停車がないため、平均速度 = グロスになっていたようです。「もっと速度を落していいんだ」と考えながら走りました。

そうこうしているうちに変な橋にさしかかりました。木造の橋をところどころ鉄板、鉄網で補強したような橋です。走りにくいな、嫌だな、と渡っていたらやってしまいました。プシュー。フロントをパンクさせてしまいました。やっぱり空気圧が足りなかったようです。PBPのときも序盤にパンクさせてしまって用心していたつもりでしたが、持参した空気圧計が壊れていたとは拙すぎますね。

例のタイヤ外しと電動ポンプによってパンク修理が格段に楽になったと実感しつつも、私は普段滅多にパンクしないので修理の経験が少なく結構手間取って予備チューブを1本ダメしてしまって時間を大幅にロスし漸く再スタートとなりました。

これでグロスを22km/hほどに落として、23時ごろ最初のチェックポイントに到着しました。ここは公園の駐車場か何かでしょうか。水を補給し、スイカ、バナナ、塩パン(フォカッチャ?)などの軽食をいただいて再スタートしました。

Stage 2 : 〜 Casella Ligure (53.5km, 8/16 23:15 〜 8/17 1:35)

登り区間が始まっていきます。すっかり真っ暗くなって周りの景色を楽しむこともできないため、坂に集中して自分のペースで淡々と登っていきました。

ところで、私は登りは自分のペースで登るのが一番効率がいいと考えています(考えていました)。自分のペースより速く登れば疲れるのは当然ですが、自分のペースよりゆっくり走ろうとするとより筋力を使ったり、坂を抜けるまでの時間が長くなったりで、却って疲れてしまいます。

そういう訳で、この区間でも自分のペース、普段のブルベのペースで登っていきました。他の参加者を抜きながら、結構快調なペースで登っていったと思います。このときは「快調」だと思っていました。ところが、これが後で後悔することになります。

チェックポイントは小さな公園のようなところでした。有料のパスタをいただいて、先に進みました。

Stage 3 : 〜 Deiva Marina (92.2km, 8/17 2:00 〜 6:39)

Stage 3は海岸線を含む92kmのコースです。前日の懇親会で他の参加者の方より「海岸線は西伊豆!」と聞いていましたが、「なるほど。確かに西伊豆!」と思いながら走りました。登り1本1本の長さ、斜度、そしてそれらが繰り返しやってくる感じが西伊豆に似ています。

途中通った地中海の海岸線ではまだ暗く対岸の明かりしか見えませんでしたが、最後の登りを登っているうちに空が明るみ始め、伊豆の町に似た景色を見下ろしながら走ることができました。


本格的にキツくなるのは次のステージからと思っていましたが、最後の登りは結構キツく、アレ??と思いながら登りました。

チェックポイントには水、軽食とシャワーがありました。この地点で既に結構汗だくになってしまっていたので、ボディソープの類いは持参していませんでしたが、上だけ脱いでレーパンのまま浴びて汗を流しました。

Stage 4 : 〜 Gorfigliano (116.5km, 8/17 8:12 〜 8/17 16:23)

Stage 4は事前の案内で4つ星がついた高難易度のコースです。曰く「非常に厳しいインターンシップ。道路は、ソヴィオレの聖域に到達するまで、カーブ、でこぼこ、小さな裂け目、突然の下り坂の連続であり、かなりの肉体的努力と継続的で明晰な精神的注意を必要とします。」

走ってみると、まさに西伊豆でした。1つ1つの登りは無茶苦茶キツい訳ではないですが、どれも歯ごたえのある登りが次々に登場し、脚を削られていきます。

私の場合、Stage 3までの登りで頑張りすぎたため、持病の腰痛が出始め、暑さもあいまって苦しい展開になってきました。幸い時間的にはまだ余裕があったので、ところどころ立ち止まって休憩しながら何とか登っていきました。

最後の登りでは雨に降られるようになりました。最初は通り雨のような感じだったので休憩がてら雨宿りしてやり過ごしていましたが、段々雨雲の中に入り込んでいき、本降りの中を登っていきました。

チェックポイントは、運動会の簡易テントのような感じで雨をよけるのもちょっと大変でした。身体が冷えていたので1ユーロで購入したネスプレッソが本当においしかったです。

Stage 5 : 〜 Pontedera (116.1km, 8/17 16:50 〜 8/18 00:00)

Stage 5はプロファイル上は下り基調の50kmで始まるはずでしたが、実際走ってみるとアップダウンの繰り返しで、下っている印象はあまりありませんでした。

そのため、相変らずペースは上がらなかったのですが、脚を止めてしまうと一気にグロスが落ちてしまうので走り方を変えるべく試行錯誤をしてみました。考え方を改めて、出来るだけパワーを落して、体力を温存し、その代わり止まらないような走り方を心掛け、心の中で「ゆっくり、ゆっくり」と唱えてリズムを作り、苦しくてもスタンディングは使わず、心拍数を上げないようにしました。

結果的に、ここで登りのペースを掴めたことで最後まで走りきることができました。以降は登り区間も景色を楽しみながらゆっくり走ることができました。1001 migliaは12km/hで走れればいい訳ですが、15km/hで走る通常ブルベとは走り方を変えなければいけないことがよく分かりました。


チェックポイントはスポーツ施設のようなところだったでしょうか。ここで仮眠を取るつもりでしたがベッドは10台弱しかなく全て埋まっておりグランドにシートを敷いて寝ている人も多くいました。私は幸いベンチ(屋外)を見つけることができたのでそこで寝ました。上は雨具を着込みフードを被り、下はPBP反射ベストを毛布代わりにして寝ました。寒かったですが2、3時間寝ることができ眠気を飛ばすことができました。また就寝時、出発前、2回食事を取ることができたのもよかったです。


【1001 miglia】1001 miglia に参加してきました (目次ページ)

1001 miglia (ミッレウーノ ミリア)に参加してきました。1001 migliaとはPBP (Paris - Brest - Paris)、LEL (London - Edinburgh - London)などと共に4大ブルベと称されるブルベで、イタリア北部を1600km走り16000m登るものです。


元々、1001 migliaは自分の走力では厳しいと考えていたため、次回海外ブルベとしては来年のLELを本命としていました。ところが、昨年11月のLELのEarly Entry Ballotで落選となってしまったため「ひょっとしたらLELはそもそもエントリ峠を越えられないかもしれない」と焦り、勢いで1001 migliaのエントリをしてしまいました。(LELの方はその後AR日本橋枠など発表され、参加する手段は見つけられそうですが)。

と、半ば勢いで参加した1001 migliaでしたが、非常に走り甲斐のあるコースで、イタリアの美しい景色を堪能でき、自分のランドヌール・キャリアの中でもピークの1つとなる素晴しい経験ができました。折角のことですので以下に記録を残そうと思います。